鏡割りとは本当はなに?そしていつ?鏡割りと鏡開きとはどう違うの?

鏡割りって、なにかしら面白い言い方ですよね。だって、ちょっとびっくりしませんか。本当に鏡を割っちゃっていいんですか、てな感じて…。

いいんです。本当に割っちゃっていいんです。思う存分、思いっ切り割ってしまって下さい。

でも割るに当たってひとつだけ、簡単だけど超重要な注意点があります。ここを間違えると取り返しのつかない事態が発生してしまいますので、くれぐれも間違えないようにして下さい。

割るのはミラー(mirror)のカガミではありません。鏡餅のカガミです。

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鏡餅は特別な餅

ここ最近の急速な技術の発展は、流通形態にも大いに影響を与え、食生活においては季節的な要素も薄らいでしまって、一年を通じて食べられないものなど殆どない様な状態になってきました。

ところが餅というものは、これも勿論機械的に作られて袋詰めされて、スーパーで年がら年中売られていますので、手に入れようと思えばいつでもできますし、実際そうしている人も居るはずなのでしょうが、やはり今でも冬場によく食べるという概念からなかなか脱却できません。

ましてや鏡餅ともなれば、特別な餅ですから、お目に掛かれる機会が限定的であるのはなおさらの事です。特別と言っても見た目は形が違うだけですが、それがとても重要な意味を持ちます。

鏡餅とは

ところで鏡餅はなぜ鏡の餅と言うのでしょう。そのヒントが鏡餅の形状にあります。

古来、鏡というものは青銅で作られた丸いものでした。そして世の中を映し出す鏡は、神様が宿るものと考えられ、祭祀の場でよく用いられました。

鏡餅が丸い形をしているのは、昔の鏡の形に似せているからです。つまり、鏡餅は、祭祀のために用いられてきたのです。

それがいつしか家庭に広まり、床の間に据える正月飾りとなっていきました。新年の門出を祝って餅を神仏に供え、歳神様を祀ったのです。

鏡餅の飾り方

丸い餅そのものが鏡餅ですが、飾り全体を指して鏡餅という時もあります。

飾り全体としての鏡餅は、神話に出てきて、歴代の天皇が継承してきたとされる三種の神器に由来しています。

餅は八咫鏡(やたのかがみ)を形取ったものです。他のふたつは、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)に見立てた物が橙(だいだい)天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、あまのむらくものつるぎ)に見立てた物が串柿です。

橙は子孫繁栄を意味しましたが、近年では入手が難しくなっているので、蜜柑(みかん)が代用される場合がほとんどです。

鏡割りとは鏡餅を割る事

鏡割りとは、鏡餅を割る事です。鏡餅は飾り用の餅ですので、普通のものよりも大きくて硬いので、小さくするためには切るのではなく、叩いて割るという感じでなければなりません。だから、「鏡割り」なのです。

鏡割りと鏡開き

実際に鏡割りは刃物を用いて切ってはいけない事になっています。正月飾りが一般化した江戸時代の武家社会で、刃物で餅を切るのは切腹を連想させるので縁起が悪いという事になって、今でもそれが定着しています。

縁起が悪いといえば、「割る」という言い回し自体が、場合によっては宜しくないという事で、「割る」に代えて「開く」を使う時もしばしばあります。即ち、鏡割りと言わずに鏡開きというのです。

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しかし、言葉を代えようが何をしようが、餅を割るという行為に変わりはありません。つまり、いわば直接的か間接的かという言い方の違いはあれど、意味の違いは全くない訳です。

もうひとつの鏡

結婚式や祝宴などで大きな菰樽の蓋を木槌で割って開封するところをテレビなどで見た事がある人も多いかと思いますが、あれもやはり鏡割りと言います。 それは、昔酒屋では酒樽の上蓋の事を鏡と呼んでいた事に由来しています。

正確に言えばこの場合、餅とは違って蓋ですから、割るのではなく抜くのであって、事実元々は鏡抜きと言われていました。

しかしどちらも同じめでたい行事ゆえなのか、いつしか混同されて鏡割りと言われる様になり、更には同様に縁起を担いで鏡開きと言われる様にもなりました。

鏡割りのもうひとつの意味

鏡餅を割るという行為を鏡割りと言うのですが、それを行事とした日があり、その行事の事、或いはその行事の日の事も鏡割り、又は鏡開きと言います

それは地方によって差はありますが、一般的には1月11日です。その日大切なのは、餅を割る事もさることながら、小さく割った餅を食べる事もまた重要なのです。

なぜなら、神様にお供えをした食べ物にはエネルギーが宿ると考えられており、神仏に感謝しながら鏡餅を食べる事で、病気をしないで一年平穏無事に過ごせる様、祈願しているからだからです。

おわりに

行事としての鏡割りを、単に鏡餅を片付けるだけの日と思っている人が実際に居るのですが、片付けるという事だけでなく、食べる事に意義があります。

それは一年間の無病息災を祈願するためです。鏡割りによって歳神様を見送ることで、お正月に一区切りつけ、その年の仕事始めをするという意味もありました。

慌ただしい現代社会においても、古(いにしえ)からの風習が今でもきちんと残って受け継がれているのは、何とも喜ばしい限りです。

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