♪夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る…♪
こどもの頃いろいろと童謡を習ったと思いますが、おとなになっても結構どれも覚えているものですね。でも歌詞の意味など十中八九分からずに、とにかく音の並びとして脳にインプットしていたのではないでしょうか。
だから八十八夜というキーワードを目にしたり耳にしたりすれば、どういう意味か深く考えもせず、条件反射の如くこの童謡を小声で、或いは心の中で口ずさんでしまうのです。
そもそも、この童謡の題名を、「八十八夜」だと勝手に思い込んでいませんか。違います。この童謡は、「茶摘み」という題名です。
目次
八十八夜とは
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八十八夜とは、一般に九つあるとされる雑節のひとつです。一般にされるというのは、それらにあと五つを加えた数え方もあるからです。
いずれにせよ雑節とは、二十四節気のような中国渡来のものではなく、日本人の生活文化から生まれた日本独自の暦日です。
二十四節気は中国由来というものの、今でも日本の暦に登場します。しかし単にそれぞれの名称の日々としては使っていても、名称の本来の意味と実際の季節感には結構な隔たりがあったりします。
なぜならば、簡単に言ってしまえば二十四節気の考案された中国中原地方と日本とでは、緯度も経度も違うからです。そこで季節の移り変りを、日本において、より適確に掴むために設けられた特別な暦日が、雑節という訳です。
88の起点
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八十八夜は5月2日頃の一日を指します。本来この名が付けられた理由は、その名の通り「夜」にあるのですが、暦日としての名称になっていますので丸一日を指します。
八十八夜というからには、1から数えて88なのだろうという予想がつきます。そしてそれはその通りです。ではその起点はいつかと言いますと、二十四節気の始まりである立春です。
雑節には他に、二百十日と二百二十日という、やはり立春を起点にして日を数えた名称のものがあります。しかしよく見ると、あることに気が付きます。88、210、220とあって、88だけが「夜」なのです。
それにはちゃんとした意味があります。八十八日ではいけないのです。八十八夜のいわれは、この頃には霜も降りなくなり、農作業に適した頃合いとなることからです。霜云々といっても、さすがにこの時期の明るい時間に霜の心配をすることはないでしょう。だから「夜」なのです。
ただし繰り返しますが、それはあくまで八十八夜のいわれであって、八十八夜という名称の暦日は、丸一日ということです。
夏も近づく
では改めて、童謡「茶摘み」の歌詞を思い出して下さい。冒頭、夏も近づくと言っています。でもちょっと待って下さい。八十八夜は5月2日頃のこと、そして八十八夜という雑節は日本の季節感に合わせて日本で生まれたもののはずです。
日本では丁度この頃ゴールデンウィークの真只中で、確かに朝晩の冷え込みもなくなり、汗ばむほどの陽気に恵まれます。しかし、そうかと言って夏が近づいているとまで言ってしまっていいものでしょうか。
その疑問を解くためには、今一度八十八夜の88の意味を思い出して下さい。88は、二十四節気の始まりの立春を起点にしています。その二十四節気の七つ目に立夏という節気があります。概ね5月5日頃です。日本での体感とは誤差がありますが、二十四節気では、この立夏より夏が始まるという考えです。
もうお分かりのことでしょうが、つまり夏とは立夏のことであり、立夏も近づく八十八夜という意味です。近づくどころか、八十八夜イコール立夏と言ってもいいくらいです。僅か3日間程度しか違いませんから。
八十八夜と茶摘みの関係
今ではどこででもペットボトルにはいった茶を手に入れて飲むことが容易にできますが、ペットボトルにはいっていようがいまいが、茶はジュースなどと違って人工の加工物ではなく、天然の茶葉から作られます。茶葉がなければ茶は飲めません。
茶葉は農産物です。いつでもどこでも、必要な時に必要なだけできるという訳には当然行きません。自然の気象状況を踏まえながら、成長する時期、そして収穫すべき時期というものがあります。
茶葉の場合は冬の間に溜めた養分によって、春から少しずつ芽吹きだします。その芽吹いたばかりの茶葉をいち早く収穫したものが新茶又は一番茶と言われるものです。
茶葉は新茶として収穫された後も、二番茶、三番茶と、順番にどんどん芽吹いてきます。しかし栄養価が最も高いのは、何とっても新茶です。つまり、茶といえば新茶なのです。
その新茶が4月下旬から5月上旬にかけて摘まれる訳です。即ち、丁度八十八夜の頃合いなのです。もちろん、雑節の八十八夜でなくても、二十四節気の方の立夏と言ってしまっても、決して間違いではありません。でも歌での組み合わせとしては、立夏では尺も足りませんし、八十八夜の方が断然センスがありますよね。
因みに、二番茶は6月下旬から7月上旬にかけて、三番茶は8月下旬頃の収穫です。また、産地によっては四番茶や秋冬茶などといったものもあります。
おわりに
「茶摘み」という歌のタイトルを「八十八夜」と思い込んでいたのは、何を隠そうこの私です。その長年の間違いに気づいた時の私は、もう本当に、言葉では言い表せない程びっくりしました。
童謡の真実に、動揺するのを禁じえなかったのです。それはと或る土曜の出来事でした…。