2019年の天皇誕生日はいつ?平成最後の天皇誕生日の次はどうなる

2019年の天皇誕生日はいつ?、と尋ねられたら、貴方は何と答えられますか。

いきなり結論から始めましょう。答は2月23日と12月23日の二日です。2月23日は皇太子殿下徳仁様のお誕生日、12月23日は今上陛下であらせられる明仁様のお誕生日。

2019年4月30日までは明仁様は天皇陛下であらせられますから、天皇誕生日は12月23日。そして2019年5月1日からは徳仁様が天皇陛下になられますが、徳仁様の誕生日は即位以前である2月23日。つまり2019年に限って言えば、天皇誕生日が2回あるわけです。

2019年には天皇誕生日が無いなどと言った、いい加減な記述や意見をよく見たり聞いたりしますが、それは間違いだと断言します。天皇誕生日は確実に、しかも2回もあります。

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目次

天皇の誕生日と「天皇誕生日」の違い

巷で言われている、2019年には無いというのは、「天皇誕生日」という名称の祝日です。そこを混同してはいけません。

その理由は、前述の通り、今上天皇が退位する4月30日までに、今上天皇が2019年のお誕生日を迎えないため、また新天皇が即位する5月1日以前に、新天皇が2019年のお誕生日を迎えているためです。

だから祝日である「天皇誕生日」は、2019年は確かに一度も無いかも知れません。では2020年には祝日である「天皇誕生日」は12月23日を2月23日に日を改めて復活するのでしょうか。

次の「天皇誕生日」という祝日は?

そもそも祝日というものは、法律に基づいて決定されるものです。だから新しい天皇陛下のお誕生日が2月23日だからと言って、その日が自動的に祝日になるわけではありません。

国民の祝日に関する法律

その法律というのが、昭和23年7月20日に公布及び施行された、国民の祝日に関する法律、略して祝日法です。この法律の第二条に、何月何日または何月第何週何曜日を、これこれの理由でこれこれの名称の「国民の祝日」とし、休日とすると記載されています。

その中のひとつとして、「天皇誕生日/十二月二十三日/天皇の誕生日を祝う。」と定められているのが現在の「天皇誕生日」という祝日です。

するとまたここでひとつ疑問が湧きます。法律に上述のように明文化されている以上、逆に2019年5月1日以降も「天皇誕生日」という祝日は12月23日のままで、結果2019年にも「天皇誕生日」という祝日が12月23日にあるのではないか、と。

祝日法附則

このまま放置しておけばもちろんそういうことになるでしょう。しかしそれでは新しい天皇陛下に対してあまりにも不敬です。だから今上陛下の退位が段取りされてから速やかに次の手を講じてあります。

平成二十九年六月十六日法律第六十三号という法律がこの祝日法を附則していて、「天皇誕生日/十二月二十三日/天皇の誕生日を祝う。」を削って、「天皇誕生日/二月二十三日/天皇の誕生日を祝う。」に改正するとしています。

この法律は公布されただけでまだ施行されていませんが、新しい御代を迎えた瞬間に間違いなく施行されるでしょう。

天長節から天皇誕生日へ

「天皇誕生日」という祝日の概念はいつから始まったのでしょうか。天皇誕生日はおめでたい日に違いありませんが、だからと言って休日とは限りません。なぜなら、必ずしも天皇誕生日イコール国民の祝日ではないからです。繰り返しますが国民の祝日は法律に基づいて決定されるものであり、自動的になるものではありません。

そもそも祝日という観念は近代法に基いており、憲法自体存在しなかった明治以前では、天皇誕生日と言っても一般庶民にとっては縁遠いものであったでしょう。

戦前

とは言え、天皇の誕生日を祝う習わしは、記録によれば、実は遥か昔の奈良時代には始まっています。天長節と呼ばれて、平安時代にはもう宮中の重要な行事の日でした。その後は武士の時代が長く続いたため、天長節は影を潜めました。

ところが長かった武家の統治に幕が下りると、王政を復古して再び天皇を核とした国家作りで混乱した世の中を収束しようとしました。間もなくそれは立憲君主の近代国家として発展していくのですが、この明治の時代が始まった時に天長節が復活し、国家の祝日となりました。当初は旧暦9月22日でしたが、明治6年に太陽暦が採用されて以降は11月3日となりました。

明治天皇が崩御されて大正天皇の時代が始まると、天長節は大正天皇のお誕生日の8月31日に変わりました。しかもその日は盛夏最中で各種式典の斎行が困難との理由で、10月31日も天長節の代わりの日として祝日とした。前者が「天長節」という祝日、後者が「天長節祝日」と言う祝日、そしてどちらも休日でした。

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さらに昭和になって、今度は4月29日が天長節になったのです。

戦後

第二次世界大戦終了後は新憲法となり、祝日に対する概念もより近代的になりました。天長節という古めかしい呼称の祝日は、軍国主義から脱却との意味合いも恐らくあって廃止され、新たに天皇誕生日という祝日ができました。とは言え、日にちはもちろん同じ4月29日です。

そして平成の時代となって天皇誕生日は4月29日から12月23日へと変わって現在に至っています。

2019年以降は国民の祝日がいっぱい?

2019年には国民の祝日としての「天皇誕生日」がない代わりに、皇太子殿下が天皇に即位される5月1日を祝日に定める動きがあります。

そうなると「国民の祝日」と「国民の祝日」に挟まれた国民の祝日でない日は「国民の祝日」にするという記載が祝日法にはありますから、4月29日から5月6日までは確実に7連休となります。

ということは、2019年からは毎年一度は必ず7連休?しかも「天皇誕生日」も日にちを改めて復活して、結果祝日が一日増えることになる?

可能性だけみればありそうな話ですが、現実にはそんな都合のいい話は100%ないでしょう。なぜならこういったことは特例であり間違いなく限時法の類いだからです。つまり期限付きです。

おわりに

今上天皇が退位されて上皇となられたら、現在の「天皇誕生日」は名称を変えて、祝日自体はそのまま残るのでしょうか。

恐らくそれは、権威の二重性を避けるためにもないものと思われます。新天皇がいらっしゃる以上、上皇は天皇経験者であっても天皇ではありません。言わばご隠居様の身です。長い歴史を振り返れば、上皇の存在は決して特異ではなく、過去には上皇が権力をふるった時もありましたが、近代以降では初めてのことではあるものの、民主主義の世の中で上皇が際立つことなどあり得ない話です。では上皇としてのお立場も終わられた後の12月23日はどうなるのでしょうか。

明治以降を振り返れば、大正、昭和の時代には「先帝祭」といって、先帝すなわち明治天皇と大正天皇の崩御された日が休日であった例もあります。しかしそういった祭祀色の強い日が現代において復活することはまずないでしょう。

一方で明治天皇のお誕生日は、前述の通り明治になって天長節が復活し、祝日となりましたが、崩御されて一度は祝日ではなくなりました。しかし昭和の戦後になって、「文化の日」として復活しました。

しかし大正天皇のお誕生日は、現在では平日であり、8月31日は学校の夏休み最後の日という程度の認識は皆持っていても、大正天皇のご生誕日ということを知っている人など、今ではほとんどいないでしょう。でも逆に大正の時代には、お誕生日をお祝いする祝日が一度ならず二度もありました。

昭和時代の「天皇誕生日」は、平成になっても名を変えてそのまま受け継がれました。最初は「みどりの日」、その後また名を変えて現在は「昭和の日」となっています。

祝日になって休みが増えること自体は国民にとっては喜ばしいことですが、ここ最近では「海の日」やら「山の日」やらも登場してけっこうな数の祝日がありますし、果たして今上陛下の場合はどうなるのでしょうね。

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